· 

記憶とはすごく曖昧なもの

過去の記憶は書き換えられるのか

過去の記憶が嫌な思い出として残っている人が結構います。では、記憶って何でしょうか?記憶って書き換えることは出来ないのだろうか?そんなことを考えました。ご興味のある方、読んでいただけたら嬉しいです。

《目次》

記憶って何

記憶のメカニズム

記憶に時間概念はあるのか

脳細胞は変化しているのに

記憶は変わらないのか

記憶をどう使うのか

ちょっと空想のお話

記憶って何

記憶というのは、忘れないで覚えていること(モノ)のことですね。記憶は脳の中にある箪笥(たんす)のようなものだと聞いたことがあります。

 

なるほど、必要に応じて必要な箪笥の引き出しを開けることで、必要な記憶を受け取ることができるんですね。それを思い出すといいます。

記憶のメカニズム

記憶のメカニズムはまだ解明されていません。ただ部位として大きくかかわっているのは海馬と偏桃体という脳の部分だとされています。

 

たとえば、犬を見た時に、「四本足」「形」「鳴き声」などそれぞれに対して脳の中で興奮する(神経の電気のやり取りが活発になる)部分が異なります。それを総合的に判断して『犬だ』と認識するんですね。

 

そして、犬に恐怖心を持っている人は『犬だ』と判断したところと『怖い』と思うところが関連付けられているだけ。紐づけられているので『犬=怖い』と記憶しているんです。

 

 

ここ、ポイントですよね。『犬』と『恐怖』をつなげている紐が切られたら『犬』に対する感情が変化するということになります。

 

 

記憶と言うのは、神経内の電気の流れ方だけなのです。

記憶に時間概念はあるのか

小学生の時にああだったとか、3年前はこうだったとか、そういった過去について思い出すときがあると思います。でも、考えてみてください。思い出しているのは『今』なんですね。

 

脳の中で起きているのは『今』の電気のやり取りなんです。ということは、出来事が過去に起きた時にたまたま脳の中で流れた電気信号の流れを再現しているに過ぎないとなります。

さて、この電気信号の流れ、本当に過去のものをそのまま流していると思いますか?僕はそうは思いません。なぜかというと、脳細胞は日々変化しているからです。待ちの中の道路と同じです。一日では変化はなくても、10年経ったら全く違う道ができていたということありますよね。

 

そもそも時間の概念では、過去と今はつながっていないということが定説になりつつあります。そう、時間は常に断片的なんです。「今」しかないんですね。

脳細胞は変化しているのに

一昔前までは、私たちの脳細胞は赤ちゃんの時に急速に数を増やし、後は増えない(増えにくい)ということが言われていました。そのために、脳に障害を受けた場合、回復は難しいとされていました。

 

確かに他の細胞に比べると神経細胞が生まれる速度というのは遅いことが確認されていますが、脳細胞であっても新しく生まれているということが事実です。

では、古い脳細胞が死んで新しい脳細胞が生まれてきている環境であっても、神経間でやり取りされている電気の流れは変わらないのでしょうか?

 

いえ、そんなことはありません。確実に変わっています。ただ、同じ流れを作ってしまうんです、無意識に自分自身で。

 

これは、嫌だった記憶は嫌な感情に(自分で)結びつけるという作業を何回もやっていることになります。

記憶は変わらないのか

 

それを踏まえると、記憶を変えるには、結びつけを解除すればいいということになります。もう少し的確に言えば、記憶と結びついている感情の紐を切ればいいという話になります。

 

そして、もっと踏み込んで言うと、感情と切り離された記憶、たとえば出来事や出った人やモノと言うのも、また神経の流れで構築されているはずなので、その流れ方が変わればそれらの記憶も構築できなくなります。

これが記憶喪失。記憶喪失の場合、思い出すということがありますが、神経回路の流れが一時的にストップしていたことが改善されたに過ぎないと考えると説明がつきます。改善されなければ記憶は表に出てきません。これは喪失しているのと同じです。

記憶をどう使うのか

そう考えると、記憶の書き換えというのは案外当たり前に起きているのかもしれません。自分では○と思っていたものが本当は◎だったのかもしれません。他の人から見たら△だったものかもしれません。視点が違えば、記憶しているものも違ってくるからです。

 

ですので、記憶に頼った生き方をするというのは、もしかしたら賢明ではないのかもしれません。知らず知らずに書き換えられているかもしれないからです。誰に?それは自分自身で書き換えることもありますし、他人から書き換えられることもある。

だからこそ、過去の出来事についてマイナスに話すことは生産的ではなく、希望のある未来についてプラスに話すことが生産的になるのです。

 

心配の未来は記憶が心配事を作るため生産的ではありません。

 

 

そう考えると、記憶は今の自分が都合の良いように持っているものとなりますね。

では、記憶をどう使うか。それは自分にとって都合の良いように使うだけなんです。

 

過去に辛いことがあったとしても、「あれはあれでよかったんだな」と持つだけ。そこに他人に対するマイナスの感情も過度な後悔の感情も付け加えない。「あれはあれでよかったんだ」と納得するだけ。

これが「今」にとって大切な記憶の使い方になります。少なくとも今、過去のことや未来のことで悩んでいる人にとっては。今が幸せな人にとっては、今の幸せを十分に味わうだけで良く、記憶なんてものはいらないのです。

ちょっと空想のお話

記憶も考えも、全てが脳が作り出しているものだという見解が一般的ですが、私が思っているちょっと空想的な考え方をお伝えします。

 

脳は一つのアンテナだと思っています。たとえば情報空間が身体の周りにあるんです。情報空間は物質空間とは違い目に見えない部分です。

なんかこの部屋は雰囲気が良いなぁとか、あの場所は嫌な気がすると言った時に使う『気』みたいなものだと思ってください。目に見えないけど、情報として察知できるものですね。これには個人差があるけど、脳がそれをキャッチ・統合していると考えます。

キャッチの仕方はいろいろあります。肌でキャッチする人もいれば実際には聞こえない聴覚でキャッチする人もいると思います。それを脳が受け取って統合しているんです。脳自体で直接キャッチすることも多々あると考えています。

 

 

そう考えると、なんかすごくないですか?

周りの情報空間の情報をキャッチできる。

これでいろんな説明が出来るようになります。

 

記憶ももしかしたら、情報空間に存在しているのかもしれません。その情報空間の中で自分が引き出したい部分を引き出している。自分自身はどこにあるか分かっているから引き出しやすくなっているだけ。

 

もしかしたら、他人でも同じ記憶を引き出すことが出来るかもしれません。アクセス場所を知っていれば。

話は長くなってきたので、ここでおしまいにしますが、記憶と言うのは自分が都合の良いように書き換えることができるという事を知っていてほしいです。

 

どのような感情をつけるかも自分自身で選ぶことが出来るんです。

 

だから、過去の記憶に笑顔をつけて、未来の記憶に笑顔を付けて、「今」を生きるって言うのが最高かなって思うわけなんです。